モチベーション
金融工学では実測度→リスク中立測度の変換の際に以下のことを考える。
- もとのブラウン運動にドリフト項を加えて新しいブラウン運動を作る
- 新しく作成したブラウン運動はリスク中立測度の下で期待値がゼロになる
2.については、もともと期待値がゼロではなかったものが、測度を変えると期待値がゼロになるため直観的なイメージが難しい。実際に計算してみることで理解を深める。
やりたいこと
実測度のもとで平均\(0\)、分散\(t\)の正規分布に従うブラウン運動\(W^P_t\)が与えられたときに、
$$ W^Q_t= \lambda t + W^P_t $$
で与えられる\( W^Q_t\)は以下を満たす。
文字 | 説明 |
---|---|
\( W^P_t \) | 実測度で平均\(0\)、分散\(t\)の正規分布に従うブラウン運動 |
\( W^Q_t \) | リスク中立測度で平均\(0\)、分散\(t\)の正規分布に従うブラウン運動 |
金融工学の入門的な教科書には上記になるようにラドン・ニコディム微分が定められることが説明される。今回はラドン・ニコディム微分を所与としてドリフト付きブラウン運動\(W^Q_t\)がリスク中立測度のもとで期待値がゼロになることを確認する。
リスク中立測度での期待値は次のように定義される。
$$ E^Q[X_t] = E^P[X_t Z(t)] $$
文字 | 説明 |
---|---|
\( X_t \) | 確率変数 |
\( E^Q \) | リスク中立測度での期待値オペレーター |
\( E^P \) | 実測度での期待値オペレーター |
\( Z(t) \) | ラドン・ニコディム微分 |
ラドン・ニコディム微分は\(\lambda\)が定数の時、次のように定義される。
$$ Z(t) = e^{-\frac{\lambda^2}{2} t – \lambda W^Q_t} $$
今回やりたいことは以下を示すことである。
$$ E^P[W^Q_t] \neq 0 $$
$$ E^Q[W^Q_t] = 0 $$
実測度での期待値はゼロではないことを確認
\( W^Q_t\)の定義より、
$$ E^P[W^Q_t] = E^P[\lambda t + W^P_t] $$
期待値の線形性より、
$$ = \lambda t + E^P[W^P_t] $$
前提条件より、\( W^P_t \)は実測度で期待値がゼロなので、
$$ = \lambda t $$
よって、実測度で\( W^Q_t \)の期待値はゼロではない。
リスク中立測度での期待値はゼロであることを確認
\( W^Q_t\)の定義より、
$$ E^Q[W^Q_t] = E^P[(\lambda t + W^P_t) Z(t)] $$
ラドン・ニコディム微分を代入すると、
$$ = E^P[(\lambda t + W^P_t) e^{-\frac{\lambda^2}{2} t – \lambda W^Q_t}] $$
\( W^Q_t\)の定義より、
$$ = E^P[(\lambda t + W^P_t) e^{-\frac{\lambda^2}{2} t – \lambda (\lambda t + W^P_t)}] $$
式を整理すると、
$$ = E^P[(\lambda t + W^P_t) e^{-\frac{3\lambda^2}{2} t – \lambda W^P_t}] $$
期待値を積分に直すと、
$$ = \int (\lambda t + \sqrt{t} z) e^{-\frac{3\lambda^2}{2} t – \lambda \sqrt{t} z} \frac{1}{\sqrt{2 \pi}} e^{-\frac{z^2}{2}} dz $$
指数関数部分をまとめると、
$$ = \int (\lambda t + \sqrt{t} z) \frac{1}{\sqrt{2 \pi}} e^{-\frac{1}{2}(z^2 + 2\lambda \sqrt{t} z + 3\lambda^2)} dz $$
平方完成を行うと、
$$ = \int (\lambda t + \sqrt{t} z) \frac{1}{\sqrt{2 \pi} } e^{-\frac{1}{2}((z + \lambda \sqrt{t})^2 + \lambda^2 (3-t))} dz $$
\( w = z + \lambda \sqrt{t} \) とおくと、
$$ = \int (\lambda t + \sqrt{t} (w – \lambda \sqrt{t})) e^{-\frac{1}{2}\lambda^2 (3-t)} \frac{1}{\sqrt{2 \pi} } e^{-\frac{1}{2} w^2} dw $$
\( w\)に関係ないものを積分の外に出すと、
$$ = \sqrt{t} e^{-\frac{1}{2}\lambda^2 (3-t)} \int w \frac{1}{\sqrt{2 \pi} } e^{-\frac{1}{2} w^2} dw $$
標準正規分布の期待値はゼロなので、
$$ = \sqrt{t} e^{-\frac{1}{2}\lambda^2 (3-t)} ・ 0 $$
$$ = 0 $$
よって、リスク中立測度で\( W^Q_t \)の期待値がゼロであることを確認できた。
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