ルイ・バシュリエの紹介

金融工学偉人

ルイ・バシュリエは金融工学の礎を築いた人物である。不遇にも生きている間にはあまり評価されなかったが、死後その業績が評価されるようになった人物である。

バシュリエの人生

バシュリエは1870年、フランスのル・アーブルのワイン商人の家に生まれた。

早くに両親を亡くし、兄弟を養うためにかなり苦労したことや兵役にとらわれたことによってグランゼコール(フランスでは大学よりも地位が高いとされている教育機関)への進学の機会を逃してしまった。

20代になりパリ大学(ソルボンヌ)で数学を学ぶようになったが、生活費を稼ぐためにパリ証券取引所で働き始めた。

そこで価格が乱高下する金融市場を知り、1900年に博士論文として『投機の理論』(フランス語)を発表した。

担当教員のアンリ・ポアンカレは論考そのもの(独創性)は評価しつつも、当時の数学界では全く非伝統的なテーマであったため戸惑った。

結果的にパリ大学で教授を務めることになりますが、無給という待遇だった。

その後第一次世界大戦の兵士として出征し、学界に戻ったバシュリエだったが、ポール・レヴィによって論文の誤りを指摘されてしまった。

のちにレヴィの指摘のほうが誤っていたことが判明し、バシュリエに謝罪の手紙を送ることになるが、高名な数学者であるレヴィの指摘をきっかけに、バシュリエはディジョン大学の教授となることはできなかった。

結局、定年まで地方の大学で教鞭をとることになった。

『投機の理論』

バシュリエが1900年に発表した博士論文『投機の理論』の功績はまとめると以下である。

  1. ブラウン運動をモデル化した
  2. 株式オプションの価格付けを試みた
  3. 投機家の期待値が0と仮定した

1.の功績は、アインシュタインによって分子の運動をブラウン運動を定式化して説明する(奇跡の年)より5年も前に、ブラウン運動の数学的原理を発見していたことにある。

2.の功績は、条件付き請求権に対してランダムウォーク(ブラウン運動の離散バージョン)を適用した世界で初めての数理モデルであったことである。20世紀後半になると当たり前のようにランダムウォークを適用するようになる。

3.の功績は、1970年代以降認知されるようになるマルチンゲール測度による評価原理と同等のアプローチをとったことにある。

バシュリエの再発見

1900年に『投機の理論』を発表してから数十年間は経済やファイナンス理論でほとんど光を浴びることはなかったが、1954年にジミー・サヴェジによって再発見された。

ただし、全く無名という訳ではなく、アンドレイ・コルモゴロフやノーバート・ウィーナーや伊藤清やレヴィなど確率論の大物には参照されていた。

サヴェジは知り合いの学者に問い合わせの手紙を送り、当時高名な経済学者であったポール・サミュエルソンのもとにも届いた。

サミュエルソンはパリの図書館でバシュリエの論文を発見し、驚き、その内容をMITやエール大学の講義で発表した。(MITの図書館で発見したとする説もある。)

今では無名の博士課程の学生であったケース・スプレンクルやジェームズ・ボネスにより株価自体ではなく、株価の変動率がランダムウォークするという結論に到達した。

マイナス金利

近年、日本や欧州ではマイナス金利が日常的に観測されるようになった。

それまでは金利がマイナスになることはないと信じられていたため、あえてマイナスにならないようなモデルが使用されていた。(CIRモデル、ブラックショールズモデルなど)

しかし、金利がマイナスになり、それまでのモデルでは評価できないという事態が発生した。

そこで注目されたのがバシュリエモデルである。

バシュリエモデルは別名ノーマルモデルとも呼ばれ、金利自体が正規分布(ブラウン運動)に従うモデルである。そのため、金利がマイナスになることを許容する。

例えば、ブラックショールズモデル(ログノーマルモデル)は金利が対数正規分布に従うと仮定しているため、マイナスになることを許容しない。(ただし、シフテッドログノーマルモデルならマイナスになることを許容する。)

1900年にバシュリエモデルが発表され、それ以降様々なモデルが発表されたにもかかわらず21世紀の金利モデルの現役としてバシュリエモデルが活躍しているのは非常に興味深い。

ヴェンチェンツ・ブロンズィン

実は1908年に当時オーストリア・ハンガリー帝国のヴェンチェンツ・ブロンズィンもオプション理論の研究をしていたことが最近明らかになった。

ブロンズィンはヘッジ、商品の複製、裁定のアイディアを用いてオプション価格を評価した。

参考文献

『数理ファイナンスの歴史』 櫻井 豊 (著)

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『ファイナンス理論全史 儲けの法則と相場の本質』 田渕直也 (著)

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